僕は宗教については比較的多数のキリスト教徒の方々が毎週礼拝にお出でになったり、イスラム教徒の方々のように、必ず毎日床に正座されて神に向き合うような敬虔さはありません。また失礼ながら他のHindu やJewish の方々の考え方については勉強したことはありません。
ただ自己紹介でも書かせていただいたようにイギリスで7歳~14歳まで過ごして多国籍・多様な文化的背景を持つ方々の中で育ちました。Hindu やJewish の方々はたくさん周囲にいらっしゃいました。友達にももちろんなれました。
Kの宗教は?
そして所謂Atheist(日本語では無神論者でしょうか)ではありません。
八百万に神は宿っていると感じるし、山に荘厳さを感じたり海に深さを感じたり(あまり日本や都会ではみられませんが)地平線に目を細めます。
敢えて自分を位置づけるならば仏教ではあるとは思います。
ただ一切皆苦の考え方はちょっと辛いなぁと思ったりもしますし、キリスト教の教会はたくさん見させていただいて来たのでその厳粛さも体感してきました。またイスラム教徒の方々のイスラエルで(35年以上前ですが)見たその敬虔さは本当に宗教に帰依されているんだなぁ、人生の強い軸になっているのだなぁと思いました。
Kは哲学が好きなの?
20代は生き方にいろいろ悩み、難解ではない哲学書や類似の本、簡単な仏教の本質について学ぶ本も数冊読みました。
大学時代には法哲学者の井上達夫先生から法理学の授業を受け感銘を受けたりもしました。「共生の作法~会話としての正義~」は極めて難解な本ではあります(僕の大学生の時は初版だったかもしれません)。
ただ一文一文の本当に練られた、そして本質をつく文章は20代のときにはしっかりと理解できませんでしたが、50歳の今、ようやっと少しずつですが「やっぱりすごいや、この先生」と思いながらゆっくりと読んでいます。
皆さんももしよければ(多分書店で立ち読みされてからの購入がいいとは思います)手に取ってみてください。
終わりに
井上達夫先生の本はまだ通読さえもできていません。
先生の深淵な文章を到底全部理解できているとは思えませんが、所感を僭越ながら自分の今感じていることとして以下に書かせていただきます。
今のところ僕は世の中はただ、流されるだけのただ相対的な世の中ではいけないとは思うし、一定の原則的価値に基づいて動いて欲しいとも思います。
その意味で絶対的平和主義でもないとは思います。価値観をもつということは必ず違う価値観を持つ人がいるということが前提であり、絶対的平和主義の裁判さえもない争いのない世の中は価値観を持つことを否定するものとも感じます。
日本ではもうすぐ終戦記念日の8/15を迎えます。
どんな宗教や信念をお持ちになる方々でも対話を持ち弾丸やミサイルを使った戦争はない世界であってほしいとは思います。
コメント